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静岡家庭裁判所富士支部 昭和55年(家)551号 審判 1981年2月21日

申立人 甲野太郎(明治三八年三月二三日生)

申立人代理人弁護士 河野光男

同 山本佳雄

相手方 乙山春子(昭和一九年五月七日生)

被扶養者 甲野一郎(昭和四二年一月一六日生)

<ほか三名>

主文

相手方は、申立人に対し、被扶養料として、昭和五五年八月から一人につき毎月金一万二五〇〇円を毎月末日かぎり(既に期限の到来した分については即時に)、申立人方に持参または送金して支払え。

理由

一  申立の趣旨及び実情

申立人の本件申立の趣旨及び実情は別紙のとおりである。

二  本件調停の経過

申立人は、昭和五五年八月二〇日本件調停の申立をし、同年一一月二六日まで前後四回にわたって調停期日が開かれたが、結局同日調停は不成立となり審判手続に移行し、上記調停申立のときに審判の申立があったものとみなされた。

三  当裁判所の判断

家庭裁判所調査官青木保作成の調査報告書並びにその外の本件記録及び当庁昭和五四年(家)第四三九号ないし第四四二号審判事件記録を総合すると、

(1)  相手方は、昭和四一年五月一三日亡夫甲野冬夫と婚姻し、昭和四二年一月一六日長男一郎、昭和四三年八月二三日長女夏子、昭和四六年一月一八日次男二郎、昭和四八年四月六日次女秋子(いずれも被扶養者)をもうけ、婚姻以来亡夫冬夫の両親である申立人(明治三八年三月二三日生)及びその妻甲野マツ(明治四三年一一月五日生、なお昭和五二年六月一一日死亡)と同居し、冬夫とともに被扶養者らの養育監護に当り、冬夫が昭和五二年一一月一五日死亡したのちも引続き申立人方に同居していたが、昭和五三年一二月頃から現在の夫である丙川杉夫方へ毎夜のごとく赴き外泊し朝帰りをするという生活を続けるようになった。ところが申立人親族らは、相手方の上記のような生活態度に不満を懐くようになり、被扶養者らの監護養育の方法に関連して紛争が生じ、申立人親族らと相手方間の感情は険悪となり、結局扶養に関する協議がなされないまま相手方は昭和五四年三月頃からは被扶養者らを申立人方に置いたまま申立人方を去り、同月一七日杉夫と結婚するに至ったこと。

(2)  申立人は、相手方が申立人方を去って以来、単独で孫である被扶養者らを扶養している。もっとも申立人は、高令で、病身のため、働くことができず、次男、三男の援助と老令年金などによって被扶養者らの生活を賄っており、家事労働は一月につき七万七五〇〇円を支払って他人に依頼している。しかしながら申立人は、次男、三男の援助(主にこれによって被扶養者らを扶養しているが、これらの者は被扶養者らからみれば扶養義務の指定がない者である。)がいつまで続くかの見通しがないうえ、自己が高令であることから、被扶養者らの将来の扶養に不安を感じるとともに、扶養料を負担しようとしない相手方の生活状態と比較して不平等感を強く懐いていること。

(3)  相手方は、現在杉夫と結婚して同居しており、同人との間に昭和五五年六月九日長男松夫をもうけている。杉夫は、昭和五四年秋頃から塗装材料の販売業を営んでいるが、その収入は明らかではない(なお昭和五四年分事業所得収支の状況書によると売上金額は一一三一万余円、営業所得は三三万九八九四円である。)。

相手方は、申立人方を去るときに譲受けた亡夫冬夫の生命保険金など一〇〇〇万円のうち大部分を投資して昭和五五年四月から寿司店を経営しているが、その営業収益は明らかではない。その外相手方は申立人の土地上に物置と車庫を所有している。なお相手方は、申立人に対し、車庫の賃料一か月あたり三万円を被扶養者らの扶養料に充当させているが、これ以上の扶養料を負担するのであれば、扶養料支払の資力に欠けるため、被扶養者らを引取りたいと主張していること(しかしながら相手方は、これまで被扶養者らを放置して監護養育に関心を示さない。)。を認めることができる。

以上の認定のような事実関係をもとに本件申立の可否について判断する。

そこで先ず、被扶養者らの扶養料の審判申立につき申立人が当事者適格を有するかどうかについて検討するに、申立人は被扶養者らの祖父、相手方はその母であり、被扶養者らは要扶養状態にある未成熟子である。このような身分関係を前提に当事者双方の扶養義務を考察するに、申立人は被扶養者らの祖父であるから、直系血族として扶養義務を負わなければならないところ、その扶養の程度・方法は、いわゆる生活扶助義務であって、自己の地位身分に相当する生活をなした余剰をもって、扶養権利者たる孫を扶養すれば足り、その地位身分に相応する生活程度を引き下げてまで孫を扶養する法律上の義務はない。

ところが相手方は、被扶養者らの母である以上、扶養義務を負い、被扶養者らが未成熟子である間は単なる生活扶助義務ではなく、その子の生存を自己の生存そのものとして維持すべくしたがって自己の資産・収入のすべてをあげて子に自己と同程度の生活をさせる生活保持の義務を負うものであるから、被扶養者らに対する扶養義務が他の親族間の扶養義務より重い。

したがって扶養を要する未成熟子に母があるときは、その母はその子の他の直系血族に先んじて扶養義務を負担すべきである。しかしながら本件のように母が資力がない等の理由によって十分に扶養義務を履行できないときは、その血族親族である祖父も扶養義務を負い、双方は後記割合によって被扶養者らの扶養料を分担すべきである。

このように扶養義務者が複数である場合、各人の扶養義務の分担の割合は、協議が整わない限り、民法八七八条、八七九条によって家庭裁判所が審判によって定めることとなる。そして扶養義務者の一人のみが扶養権利者を扶養してきた場合、扶養権利者から扶養義務者に対して請求する場合は勿論、扶養してきた扶養義務者から扶養しない他の扶養義務者に対し、過去の扶養料を求償する場合も同様であって、各自の分担額は、家庭裁判所が各自の資力その他一切の事情を考慮して決定するのである。そして将来の扶養料を分担請求する場合も過去の扶養料と同様に認められるものと解する。なぜならば親の未成熟子扶養につき、子から父母に対する請求だけでなく、父母間(「扶養義務者対扶養義務者」)での具体的扶養義務形成を、協力扶助、婚姻費用分担、監護処分という形で一般的に法認しているのであるから、扶養というものの性質それ自体からして、親の未成熟子扶養と一般親族扶養とを区別することなく、「扶養義務者対扶養義務者」という形の扶養形成類型を認めてもよいと思料されるし、また扶養義務者から扶養義務者に対する扶養料分担請求を認める社会的必要性もきわめて高い。

以上の点からして申立人の本件申立につき正当な当事者適格を有するというべきである。

そこで次に被扶養者らの生活費の需要度をみるに第三六次改定の厚生省生活保護基準額表(昭和五五年四月一日施行)により申立人家族(申立人及び被扶養者ら合計五名)につき生活保護費相当額を求めると、別表記載のとおり、一八万三四六〇円となり、一人あたりは約三万六七〇〇円で、申立人を除く被扶養者ら四人分を合計すると一四万六八〇〇円となる。そしてこれから被扶養者らが受領する遺族年金約一万二七〇〇円(一か月平均)と児童手当一万三〇〇〇円(一か月分)を控除すると、一二万一一〇〇円となり、これをもって、被扶養者らの現在の生活需要を賄うに足りる一か月あたり最低限度の生活費とする。

このうち相手方の扶養料分担額を算出するに、上記認定のような当事者双方の生活状態並びに相手方は被扶養者らの母であって第一次的に扶養義務を負うこと、扶養料を支払うなら被扶養者らを引取りたいと主張しており、仮に引取った場合相当の費用が必要となることなど一切の事情(もっとも相手方の資力からして上記金員全額を負担するのは困難と思われる。)を考慮すると、相手方が負担する扶養料は、上記金員のうち約三分の二にあたる八万円とするのが相当である。そしてこれから申立人が受領している車庫の賃料三万円を控除すると、残額は五万円となり、被扶養者一人分として一か月あたり一万二五〇〇円となる。なお相手方は、申立人から扶養料の支払いを求められ、扶養料を支払うのなら被扶養者らを引取り養育したいと主張しているが、相手方がこれまで被扶養者らを放置してきたこと、相手方が再婚して子供をもうけていること、被扶養者らは申立人のもとで親族らの援助を受けながら適切に養育されている現状を尊重し、相手方の主張する引取扶養を認めることは相当ではないと思料される。

よって、主文のとおり審判する。

(家事審判官 打越康雄)

<以下省略>

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